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Posted by 岩手県復興局 on  | 

【2018.12.1】そばっち、県南を旅する

こんにちは!復興局のナイトウです。

2019年最初の更新です。
とはいったものの、今回の内容は12月に行った県南旅行についてです。

とある用事で一関市を訪れた際に巡った、県南の名所をご紹介します。


まず訪れたのは、一関市にある厳美渓(げんびけい)です。

厳美渓とそばっち

厳美渓は磐井川中流の渓谷で、全長2キロメートルあります。
1927年(昭和2年)には、国の名勝及び天然記念物に指定されました。
そばっち、渓流見たさに立ち入り禁止区画ギリギリまで近づきます。


郭公だんごとそばっち

厳美渓名物「郭公だんご(空飛ぶだんご)」が滑降するロープです。
移動式の竹籠にお金を入れ、備え付けの木槌で板を叩くと、お団子が対岸から厳美渓上空を横断します。
残念ながら冬季は休業しているらしく、滑降する「郭公だんご」は見れませんでした。


「滝見だんご」のれん

お団子とそばっち

お団子を諦めきれなかったそばっち、空を飛ばないお団子をいただきました。
左から、ごま、ずんだ、あんこ、くるみ、みたらしの5本セットです。
それぞれの味もおいしかったですが、お団子のおもち自体がとってもおいしかったです。


お腹がいっぱいになったそばっちは次に、平泉町にある達谷窟(たっこくのいわや)を訪れました。

達谷窟毘沙門堂鳥居とそばっち

達谷窟にある「弐之鳥居」です。
達谷窟には3つの鳥居(「壱之鳥居」、「弐之鳥居」、「参之鳥居」)が順番に並んで建っています。
そばっちの頭越しに小さく写っている奥の鳥居が「参之鳥居」です。


毘沙門堂とそばっち

達谷窟「毘沙門堂」です。
801年(延暦20年)、ここを拠点としていた蝦夷を討伐した記念に、征夷大将軍 坂上田村麻呂によって建てられました。
何度か焼失しましたが、その度再建されています。現在のものは1961年(昭和36年)に再建されたものです。


岩面大仏とそばっち

達谷窟磨崖仏(通称「岩面大佛」)です。
赤丸で囲んだ箇所に、大佛様のお顔が彫られています。
当初は胸から下の部分も彫られていたそうですが、1896年(明治29年)に崩落してしまったようです。


そして、ナイトウが岩手に来たからには一度は行ってみたかった、世界遺産中尊寺も訪れました。

金色堂とそばっち(遠景)

奥に見えるのが、「金色堂覆堂」です。
覆堂の中に、かの有名な金色堂が保管されています。


間近で金色堂を見る前に、敷地内にある他の建物を先に散策しました。

白山神社能舞台とそばっち

「白山神社能舞台」です。
中尊寺の鎮守・白山神社内に建っています。近世の能舞台遺構としては東日本唯一で、重要文化財に指定されています。

中尊寺内池とそばっち

敷地内にあった池です。
特に文化財に指定されているとかはないのですが、綺麗だったので撮影しました。

松尾芭蕉とそばっち

松尾芭蕉の像です。
「おくの細道」の旅の途中、芭蕉はこの地で「夏草や 兵どもが 夢の跡」、「五月雨の 降残してや 光堂」という有名な二句を詠みました。

金色堂とそばっち(近景)

金色堂覆堂の近くまで来ました。
こっそりそばっちも写り込んでいます。

覆堂内の金色堂は撮影禁止なので、写真はここまでです。
覆堂内部は、金で彩られた金色堂がガラスに囲われていて、神聖で静謐な雰囲気が漂っていました。
この雰囲気は実際に行ってみないと伝わらないと思うので、是非立ち寄ってみてください。


実はこの旅行は、一関市出身の復興局の上司に案内していただきながら巡った旅でした。
出不精のナイトウを連れ出してくださり、ありがとうございます!


そばっちの冒険はまだまだ続きます!
次回の更新もお楽しみに!

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